2006年03月02日
■ホテル・ルワンダ
話題の映画「ホテル・ルワンダ」に、関して。喧喧諤諤。
町山智浩という映画評論家がいて、この「ホテル・ルワンダ」というインパクトの強い映画を日本で公開することに尽力した人なんだけどね。
ベイエリア在住町山智浩アメリカ日記
んで、たまたまこの映画を見たmahorobasukeという人が、まったく映画の趣旨を理解していない発言をネット上でしているのを発見、
「ホテル・ルワンダ」を見て
そのエントリに関して町山氏が激しい絶望感を吐露したところ、
『ホテル・ルワンダ』なんか何の役にも立たない! この人を見よ!
またmahorobasuke氏が突っ込みどころ満載のレスポンスを表明した。
「ホテル・ルワンダ」を見て のエントリについて
知らないことは知らない
そこから広がる論争の輪。みんな好きだよね。
はてブの「ホテル・ルワンダ」タグ
はてブの「ホテル・ルワンダ関連」タグ
MM/Memoの「ホテル・ルワンダ」タグ あれ?こっちは意外と少ないな。
『『ホテル・ルワンダ』なんか何の役にも立たない! この人を見よ!』のネットでの評判
『気が付くってもしかして不幸なことかも:「ホテル・ルワンダ」を見て』のネットでの評判
うほー見に行かなきゃ!(←動機が邪悪)
続きを読む "ホテル・ルワンダ"2005年06月19日
■「電車男」
うそくせー!
とかいっちゃ駄目なんだよね、きっと。
ひさびさにお題頂戴いたしました。ネタは電車男。
結論から言うとこれは、山田孝之君をみてもだえる映画です。もだえます。それはもういろんな意味でもだえます。
これが意外とよくって、楽しめました。
粗筋はいちいち書かなくてもいいでしょう。全体に意外とオーソドックスな恋愛物になっていました。
うそ臭いと感じた理由は、中谷美紀の演技。
下手という意味ではないよ。むしろたいへんよかったと思う。中谷美紀演じるエルメスには、生活感とか個性とかが感じられない。映画の中では、よく考えるとそんなあほなと思えるような言動をしているのだが、現実感が不足している分だけ逆に聖母のような微笑が輝いていてあまり気にならない。それはたぶん狙った上でそういう演技をしていたのだと思う。普通ならドン引きだろうと思える電車男の唐突な行動にも動じることなく、幼子を見守る母親のような慈愛と忍耐でもって電車男のすべてを受け入れる。
ネットで生じたある種の都市伝説とも言える「電車男」というお話の主人公は、そもそもエルメスでも電車本人でもなく、実は電車男の報告に一喜一憂したオーディエンスだったわけだが、なかでもエルメスは電車男の書き込み経由でしかその言動を知りえなかった。よく考えてみれば、エルメスの言動が伝えられるときはすべて文字情報のみで、そのうえ電車男の主観で加工されているので、多少エルメスの行動に現実感がなくてもあまり気にならなかった(もしかするとそのあたりのことを薄々気がついていたのが「電波男」だったのかも)。その距離感を、文字情報じゃなくて実際の役者を配置した上でどのように表現するかと考えると、なるほど、生活感を削ぎ落としてある種の偶像のようにカッコつきの「エルメス」を作り上げた。ネットの向こう側の、さらに電車男の主観の向こう側にいるエルメスというキャラクタの距離感を、偶像化というかたちで表現したわけだ。とか何とかえらそうなことをひとつ書いておく。
中谷《エルメス》美紀に負けず劣らず、山田《電車男》孝之も、類型的なヲタク男子からオシャレ系ヲタへの脱皮を上手に演技していた。というか、この挙動不審の男の子のおどおどした様子を眺めてもだえるのが、おそらくこの映画の正しい鑑賞方法だと思う。長髪のときのヲタ外見のうっとうしさったら、もう、実にうまい。山田孝之のパッと見イノセントな童顔がバッチリ決まったはまり役だとおもう。こちらも実はリアリティという面から見るとかなり類型的でアリガチなオタク像なんだけど、中谷美紀のある種の凄みさえ感じさせる演技に呑まれちゃって浮世離れした感じがあまりめだたなかった。
というか、そもそも全篇がやたらファンタジックな演出バリバリで、なんだかネット文化を映像に翻訳するとはこういうことだ!みたいな意気込みを感じる。2ch発祥の特殊用語(中谷がキボンヌとかいうとすげーおかしい)やアスキーアートを上手に使っていて、ネット文化のあの雰囲気をうまく演出していたと思う。あんまり上手すぎて、なんかこう、アスキーアートがCG合成でぐりぐり動いて、(*´Д`)ハァハァだの( ゚Д゚)ウボォアーだのに声が入るとこんなにも恥ずかしいものだとは思っても見なかったな。口で言うな、声に出すな。
この浮世離れした映像はつまり、実話を元にしたという建前をすべてほったらかして、神話というか都市伝説というか、お伽噺としての「電車男」をスクリーン上で再現して見せたわけだ。たぶん。
まぁもともと、当初からネタ説が浮上するような話であって、そのリアリティはおそらくBBSという背景あってのものだったんだろうから、きっとこれでよかったのだ。
そういえば、ネットでみんなとつながっているという感覚は、そろそろおなじみのものになっているようだ。むかしからときどきそういうネットでみんなとつながっている感覚を扱うドラマとかあったけど、その演出の中にネットは選ばれた人のものって感覚がなかったな。映画館でも、ほとんど説明抜きで提示される2chネタの笑うべきところでちゃんと笑い声が上がっていた。こういう感覚はもうすでに普通のものになってしまったのだろうか。おいちゃんちょっとさみしい。
ひとつ誤算、というか予測してしかるべきだった事態に内心うろたえてしまったのは、満員だったことと周りがみんなカップルだったことだ。俺の背中でいちゃいちゃすんじゃねー。
あ、あと、電車男の時刻表もリンクしとこう。
まぁ無粋だけどこのあたりも。
2005年06月11日
■一人チャットの実験
S 「第1024回、脳内品評会開催〜」
N 「どんどんどんぱふぱふぱふ カッコ棒読み」
J 「今日のお題は何ですかー」
2005年04月18日
■戦わなきゃ現実と
ローレライの感想で一番笑ったのはここ。
いや、それは気がつかなかった。ぜんぜん気が付かなかった。orz
そうだよな、大人たちの戦いだもんな
2005年04月14日
■みなでぱらいそさいくだ
藤沢・隠れキリシタンの里がロケ地に@岩手日報
制作会社のデイズ(本社東京)によると、映画は漫画家諸星大二郎さんの妖怪ハンターシリーズ短編「生命の木」が原作。
おお!おお!おお!
ぱらいそさ、いくだぁ!
キリスト教圏でこの漫画のネタがどのように扱われるか非常に興味がある。
2005年03月11日
■「LORELEI ローレライ」
ついに活劇武侠潜水艦が進水したわけだが。
樋口と福井の間に、どこからかローレライの歌声が響いていて、その唱を聴いた別ジャンルのクリエイターがそれぞれの技を駆使して表現した二つの唱。
福井はそれを「終戦のローレライ」として書き上げ、樋口が作ったのが映画「ローレライ」。
それぞれ、その表現形態にあわせたダイナミックな枝葉を茂らせているけど、その幹にあたる部分はよく似ている双子の樹木だな。
いや、じつのところいろいろと心配もしたんだけど、ちゃんと幹のところでは同じローレライの歌が響いていたようでオッケー。それぞれに若干かたちの違う枝葉を繁らしているんだけどそのかたちの違いはクリエイターの個性の違いや表現形態の違いに帰着するんだろうね。映画版はひたすらケレンミたっぷりでエンターテイメントに徹しているけど、たぶんそれで正解。
ひとつ映画版「ローレライ」でメモしておくべきと思うことは、特撮映画というエンターテイメントの王様みたいなジャンルで、もしかして60年経ってやっと、「太平洋戦争」を大作エンターテイメントの文脈でどうどうと相対的にとりあつかった初めての作品なのかもしれないってこと。
ああ、いや、ごめん。別に映画批評の専門家でもなんでもないので、もしかすっと見当違いのこといってるかもしれん。そんときゃ、コメントででも突っ込んでやってください。
どのへんが相対的かというと…以下、ちょっとネタバレ。
2005年02月21日
■気になっている映画
見に行けるかどうかわからないけど、今年の気になる映画について。
むぅ。考えてみれば俺ってあんまり劇場で映画は見ないタイプなんだよね。でも今年はちょっと見ようと思う。
☆「ローレライ」
こりゃあ、まぁ、なんというか、決定事項だね。
とりあえずトレイラーを見た限りでは期待してよさそう。
原作の大ボリュームをそのまま映画にぶち込むことは尺が足りないだろうから、小説のエッセンスをどんなふうに映画に取り入れているのかが見どころか。
☆「姑獲鳥の夏」
原作を知っている俺としては、これをどーやって映像化するのか非常に興味津々。
だって、トリックがアレなんだよ?関口君の*には**ていても**に**ってないっていう、そういう奴なんだよ?
どーすんだそんなの。
☆「ハサミ男」
これもなー。原作知ってる俺としては、姑獲鳥とおなじくらいどーすんだそんなのって感じ。
姑獲鳥もハサミ男も傑作なんだけど、あきらかに書かれた当時は映像化なんぞ考慮に入れちゃいないタイプのミステリーなんで、半分は怖いもの見たさで楽しみ。
もし他にも、今年はこんな映画がおもしろそうだぜっていうのがありましたら、コメント欄にでもはっつけておくんなまし。
2005年02月20日
■「ハウルの動く城」
そろそろ最終日だちゅうことで見てきました。
「ハウルの動く城」
これが思いのほか面白かった!
ネット上ではわりと芳しくない評価があったりするんだけどね、俺はこれ、OK。ぜんぜんおっけー。
自分がいまさら浅羽に戻れなくて、もしかすると吉野かもしれないと気がついちゃったもので、いつまでも伊里野に刺された傷がうずいてしょうがないときに、包帯というか絆創膏というか、ちょうどよかった。
ははーんこれは戦闘美少女物の性別逆転型変異体だな、とか思ってしまったのはないしょないしょ。
よくネット上でいわれるネガティブな評価として、倍賞千恵子の声が18歳には似合わないだの、木村拓哉のへたくそな演技だの、伏線がいまいち回収し切れなくて物語がよくわからなかっただの、あれこれといわれている模様。
なんのなんの。そんなの実際に見てみればたいした瑕疵にも思えません。
倍賞千恵子はたしかに18歳にしてはずいぶん落ち着いている声だったけど、それはもともとソフィーというキャラクタが、18歳ですでにすこし老成の気配を見せている地味な女の子なんで、むしろぴったりじゃないかと思う。それより驚くのは、荒れ地の魔女にかけられた呪いによって変化する外見にあわせて、その声が、まるで違うキャストを当てたのかと思うほど変わってくること。すげー。やがて、お婆の姿の向こうに少女の瑞々しさ、少女の姿の向こうにお婆の賢さが、透けて見えるようになる。
声が変わるといえば、荒地の魔女役の三輪明宏も、魔力を奪われる前と後で、こちらもパンフレットのキャスト表を確認したくなるくらいに雰囲気が変わる。「もののけ姫」でモロの君をやったときのことはすごく印象に残っていてうまいというのわかっていたけど、ここまで芸があるとは。ほんとのお婆さんが声を当ててるかと思った。
あと、特にうれしい誤算が、キムタク。うまいじゃないか、キムタク。
自意識過剰でプライドが高い癖にちょっとヒキコモリの入った美形のヘタレ天才の感じがよく出ていた。少し押さえ気味の演技で、逆にそれが、大魔法使いなんだけど実はヘタレじゃないのかという雰囲気をかもし出すのに貢献していてよかった。才能があって、なにをやっても余裕シャクシャクで、でもすごくつまらないことですぐに傷ついて、何年も掃除をしないくらいだらしないのに潔癖で理想が高くて、権力が嫌いで自由を愛する孤高の天才ハウル。軽薄なところと力を込めるべきところのメリハリが控えめながらもちゃんと出ていてよかったと思う。
(続きはちょっとだけネタバレあるよン)
続きを読む "「ハウルの動く城」"2004年11月26日
■生ける屍の夜
あの名作、「night of the living dead」がパブリックドメインに!
なんか、手続きのミスで著作権失効しちゃったそうな。
うわーメモ!メモ!うちに帰ったら速攻ダウンロードだ!
2004年05月23日
■反骨マイキーと、ほんとに誰も知らない
カンヌ映画祭で14歳の日本人少年が受賞 日経
最優秀男優賞に14歳・柳楽さん カンヌ映画祭 朝日
カンヌ映画祭・男優賞に柳楽さん…史上最年少の受賞 読売
カンヌ映画祭:14歳柳楽君に日本人初の男優賞 毎日
最高賞パルムドールは、ブッシュ政権を厳しく批判し、米国内の配給を拒否されて話題となったマイケル・ムーア監督のドキュメンタリー「華氏911」に決まった。同作品は国際批評家連盟賞も受賞した。
やったぜマイキー!
ていうかやってくれたぜタラちゃん!
そのほかの受賞作も、見事にノーマークばっかり。
最高賞=「華氏911」(米国、マイケル・ムーア監督)だれだよ、柳楽優弥って。誰もしらねぇよ。
▽審査員特別大賞=「オールドボーイ」(韓国、パク・チャヌク監督)
▽女優賞=マギー・チャン(香港、「クリーン」)
▽男優賞=柳楽優弥(日本、「誰も知らない」)
▽監督賞=トニー・ガトリフ監督(アルジェリア、「エグザイルス」)
▽脚本賞=アニエス・ジャウィ、ジャンピエール・バクリ(フランス、「ルック・アット・ミー」)
▽審査員賞=イルマ・P・ホール(米国、「レディ・キラーズ」)、「トロピカル・マラディ」(タイ)
▽国際批評家連盟賞=「華氏911」
なんかちょっとかわいらしい男の子なので、しばらくはお昼の番組の話題になるだろうね。
つか、まじ、誰? うわぁ〜平成2年生まれだよこいつ。
2004年05月17日
■カンヌ映画祭
お題はカンヌ映画祭 shaker様よりいただきました。
カンヌ映画祭ノミネート一覧 インフォシーク
とりあえず一番気になるのは「イノセンス」がどこまで行くかだね。てか、この一覧にあるやつでいまんとこ見たのがこれ一本きりって言うのはいわないでおいて。
今年の審査委員長がなんだかおっとろしい人なんで押井守はかなり有利、というか、もはやずるいといっていいのではないか。
というか、いいのか委員長をこいつに任せて。
このカンヌのノミネート作品ってどうやって決まるんだろね。「イノセンス」とか、なんだか審査員長特別枠でゲートインしているような気がするけど。
ああ、そうそう、もうひとつ注目は「華氏911/FAHRENHEIT 911」。
2002年の「ボーリング・フォオ・コロンバイン」オスカー授賞式会場で、いまだイラクの戦勝気分の抜けきらないアメリカ国民に向かってどうどうと「ブッシュよ恥を知れ」と抜かして盛大なるブーイングを浴びた勇者マイケル・ムーアの最新作だね。
この映画も、配給もとのディズニーが上映中止にしたり、それにマイキーが文句をつけたところ、いやそれは1年前に知ってたはずだ自作自演の宣伝工作だと報道されたり、ところがそれは実は、1年前からトラブルがあったことは確かだけど、けっきょく配給停止を通知してきたのはほんとに前日だったとか、あれこれいわくつきの映画だ。最近のディズニーって、そのむかし漫画神手塚治虫があこがれた会社とは別物になっちゃってるよね。
この、本編以外にすでに派手な話題がまとわりついている作品がどう評価されるかも、ちょっと気になるところ。
カンヌ映画祭についてご感想をお持ちの方、どうかコメントをつけてやってください。
2004/05/27追記
ああ、そうそう、カンヌ映画祭。パルムドール決まりました。
大方の予想をくつがえす大万馬券!
2004/6/7追記
あの、あの、その、検索エンジン経由で、とくにGoogle経由でごらんの方は、どうかこちらもご覧ください。
お恥ずかしい限りです。
2004年05月03日
■「イノセンス」
GWの連休中に「イノセンス」をみてきた。
恐ろしく緻密で解像度の高い「絵」が印象に残る。アニメーションを劇場のスクリーンでみても、たいていノッペリとした絵が大写しになるだけなので興ざめするが、この作品では逆にCGIにより実写では不可能な細かさで択捉経済特区の光景を作り出した。こりゃ確かに劇場でみないとつまんないな。
しかし、後半の舞台は択捉なのに中国系や韓国系の企業ばっかりっていうのは、どういう社会背景を想定しているんだろうか。もっとロシア語の看板とかあってもいいと思うけど。
んで、ここからはネタバレあり。
続きを読む "「イノセンス」"2004年02月22日
■王が帰還した
王の帰還を見てきた。いやぁ、閉所恐怖症や高所恐怖症の人には地獄のような映画だったね。モンドールのくねくね階段を上っているところなんか、スクリーンの向こう側に落っこちそうだったよ。
映画3部作を通して最もすばらしい演技をしているのがイライジャ・ウッドでもリヴ・タイラーでもなく、CGキャラクタのゴラムことスメアゴル。
いまどきの映画でCGを使ってることなんか別に珍しくも何ともなくて、それだけでは評価はできない。問題はそのCGをいかにこだわって作るかということ。その点で俺が評価するのは最初のジュラシック・パークの恐竜たちとバットマン2のペンギン。あとはこの指輪のゴラムだ。
ひねこびた精神の発露である、突然爆発する暴力と、徹底して自虐して見せる保身。「わしら」という言葉遣いにちょっとわかり安すぎる解釈をつけたのが不満だけど、その造型と”演技”は、すばらしいの一言。ここまで作りこんでくれれば、文楽のような伝統芸能と同列に並べてもいいかもと思ったぐらい。
けっきょく指輪は最後まで悪の指輪だったし、ゴラムも最後の瞬間までいじけた怒りに満ちた悪役だった。そこのところに変に甘い結末をつけなかったのは、俺としてはかなりポイントは高い。
指輪世界を織り成すもうひとつの重要な横糸として、アルウェン=アラゴルン=エオウィンの微妙な関係も見所のひとつ。いや、ま、結末は知ってたんだけどさ。おれとしちゃ強くて健気なエオウィンのほうがいいよなぁ。ずっと前線でふんばって、他のキャラクタにまけない手柄を立てたのに。会戦前夜にアラゴルンがエオウィンにむかってなぜここにいるのかと聞いたときにエオウィンはそんなことあなたもわかってるでしょうと返事するんだけど、そのときのエオウィンの気持ちってどんなんでしょうね。彼女にとってアルウェンは、アブラアゲを目の前でさらっていったとんびなのかも。でもエオウィンは恨み言なんか言わないんだなぁ。そこんとこどうよ皆の衆。
余談だけど、昔、原作を読んでいたときには、朝晩の通勤時間を利用してむさぼるように呼んでた。ちょうどそのころはカロリーメイトを朝食にする習慣があって、いつもこう、駅につくまでにもぐもぐやりながら歩いて、満員電車の中で斜めになりながらフロドたち旅の仲間と冒険の続きを歩んでいた。だもんで、おれにとってレンバスとはカロリーメイトのチーズ味なのだ。

