2007年01月24日

[  些事極論  ]

日本の看板

はてブ「kom’s log - 戦争をしない国 」
戦争をしない国kom’s log

思考課題としてメモ。
はてブのコメントを読んでいて思った。
まがりなりにもとにかく戦争を放棄し、その上で経済的に繁栄しているという稀有な例としての日本。その看板の価値とか。


とりあえず物事を単純にするために、9条護憲派と9条改憲派がいるとして。
改憲派の不安はきっと、最終的な手段を放棄してしまうと、無法者に対する歯止めがなくなるというところにある。現状ではその歯止めは日米安保が担っているというのが一般的な理解だと思う。
この、「無法者に対する歯止め」っていうのはいくつかポイントがある。兵隊なり兵器なりを相手国に物理的に乗り込ませないとできなかった戦争が、テクノロジーの進歩によるミサイル主体の遠隔攻撃などにうつったこととか。
おかげで「歯止め」が、ミサイル防衛のようにできるかどうかわからないものを巨額の費用で一から作るか、敵の攻撃手段を先制攻撃でぶっ潰すかといった極端な方法になってしまった。
この不安にどう対処すべきかは、護憲派が説明すべきだろう。

それとは別に、ブクマ先サイトやはてブコメントにもあったように、憲法9条の日本の看板としての価値はたいへん大きい。
戦争をして国家レベルで殴りあうよりは、外交レベルでの権謀術数のほうが、トータルコストは圧倒的に外交レベルでの解決のほうが安い。だって、戦争は、仮に勝利したとしても敗戦国側のリソースはずたずたになっているわけだから、戦勝国とあわせての富の合計は相当減っているはずだ。人が死ぬとか言うナイーブな面を無視したとしてもこれはすごい損だと思う。つまり戦争という手段を許したとしても、ひょこひょこ使えるようなうまい手段ではないということだ(使っているところもあるんだけど)。
そう考えると、仮に改憲したとしても、それで外交レベルでの行動オプションがたいして増えるわけではなく、むしろ【戦争をしない国家】という看板を取り下げたことにより新たにオーバヘッドが発生してしまう。
改憲派は、看板を下ろした後に日本の外交がどのように変わるのか、そのビジョンを示すべきだ。

俺はどっちかつーと。
…脇の甘い護憲派かな。「歯止め」部分を、改憲派の不安を解消できるように説明できない。ただ、外交にかかるコストのトータルは看板を下ろした後のほうが高くつくように思うので護憲。

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