2006年12月14日
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些事極論
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■玉虫色Winny
Winny裁判、罰金刑は重いか?軽いか?--自己矛盾を抱えた判決@CNET
「Winnyの公開、提供が起こした影響はそうとうに大きく、被告の寄与も決して少ないとは言えない。しかし、被告は著作権侵害が蔓延することを目的としたのではなく、新しいビジネスモデルを生み出させるという目的をもっていた。経済的利益を得ようとしたわけではなく、実際に利益を得たわけでもない。そこで罰金刑とすることとした」
その意味で、金子被告が無罪となる道はこの時点ですでに存在していなかったように思われる。みずからの思想に殉じるのであれば、最後までみずからを負わなければならない。いや、そんな倫理性の話でなくても、あちこちで「著作権を崩壊させる」と発言して国家権力に挑戦し、結果的に著作権侵害ファイルを蔓延させている以上、これを無罪とするというのは国家権力の側の判断としてはあり得ないように思われる。たまむしいろだなー!
しかし一方で、裁判長にも突き詰められた問いかけがあった。金子被告のような確信犯をどう裁くのか――単純に外形的事実だけを見て「それは法違反だ」と判断するのか。それともその思想の方向に一定の理解を示すのか。さらにいえば、ソフトウェア開発者を刑に処するという司法的踏み込みを簡単に行ってしまっても良いのか。さまざまな難問がそこには横たわっており、単純に金子被告を断罪すれば済むというものではなかったわけで、そうした難問のバランスを取った結果が、今回の「罰金一五〇万円」という不思議に軽い判決だったのではないかと思うのである。多分、もともと裁判という形式が、この問題を解決するのにそぐわないんだと思う。なぜなら、裁判ではたいていの場合、勝者と敗者が生じてしまうから。
今回の事例で問題になっていたのは、簡単に言えば「犯罪にしか使いようのないピストルを売れば間違いなく幇助になる。一方、包丁には合法的な用途も多いので、一定の確率で犯罪に使われるとしても、それを売ったというだけで幇助犯に問うのは適切でない。さて、Winnyはどちらか」ということである。適切なたとえかどうかちょっと自信がないが、今回の判決は「包丁だが、すごく犯罪に使いやすくて実際にも頻繁に使われているような包丁を、裏町でこっそりと売ったらやっぱり幇助なんじゃないか(ただ責任は軽いと思う)」という感じだろうか。この要約もなかなかうまいと思う。ただし、有用性に関して言えば、もともと現行の法体系や価値体系にけんか売ってるんだから、ある程度アングラっぽい闘争パターンになるのはしょうがないというか、理解はできる。
悪法も法として尊重する?それとも、悪法を更新する機会を重要視する?
どちらの立場を指示するにせよ、裁判官の立場でズバッと他方を切り落とされるとすごく困るだろうことは火を見るより明らかだから、裁判官も苦労したろうな。
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