2006年10月30日
■単位偽装問題あれこれ
秋も深まりすっかり偽装ブームが根付いた今日この頃ですが、皆様いかにお過ごしですか。
このごろはやりの単位偽装問題について、ちょっと目に付いたURLをメモしてみました。
今回の件に関してはほとんどすべてが学校ぐるみで行われていたことは間違いないことですし、私は教育委員会、場合によっては文科省もその存在を知らなかったとは思えないのです。さらに、今大騒ぎしているマスコミだって、ずっと前からそういうことがあると知っていたのではないでしょうか。というわけで、私としては「なぜ今、このタイミングで騒がれ始めたのか」ということの方に興味があります。教育改革(再生の研究をしているものとしては、「教育再生」という言葉は嫌いです)を目玉にしている内閣ができあがったことと無関係ではないような気がしています。もしも、今回の単位偽装問題の責任が文科省にまで波及した場合には、文科省の頭越しに教育改革をやろうとして教育再生会議なるものを立ち上げた内閣には大きな追い風になるのでは、と邪推しています。
ここで疑問に思うのは、そんなに前から広く行われていた高校での「単位偽装」が、どうして、ここに来て急に大きく報道され始めたかである。これは、安倍内閣が、教育改革を全面に掲げるとともに、今臨時国会での教育基本法改正案を可決を目指す姿勢と全く無関係ではないと考えられる。
単位偽装問題に関して、前々からあっただろうにいまどき急に言い出すのは、タイミング的に怪しいんじゃない?っていう話が二題。さがせば同様の論調はもっとたくさんあると思う。
陰謀史観に関してはちょっと気をつけなきゃいけないけど、まぁ言われてみればちょっとわざとらしいよね。
この件とは別に、教育基本法改正に関しては、以下のようなエントリもある。
■[考察][教基法]思想の左右に関係なく「改正」に反対すべきである@モジモジ君の日記。みたいな。
以上、指摘した2点が、「改正」法の最大の問題点だと思われる。すなわち、教育における主権者の交代である。このような「改正」は、民主主義を否定しない限りは、左右の思想傾向と関わりなく許し難い暴挙と言っていい。ここまで理解した上で「改正」法に反対しない馬鹿者は右でも左でもない。国民主権のなんたるかも分からない前近代主義者である。
あああ、確かに。
2006年10月25日
■そもそも解決できるか?
いじめ解決策提言へ:教育再生会議 3分科会設置決める@東京新聞
山谷えり子首相補佐官(教育再生担当)は記者会見で、いじめ問題について「現在進行形で子どもたちが悲鳴を上げている。教育委員会、家庭、地域の在り方について一日も早く具体策を打ち出したい」と述べた。
この手の話を耳にするたびに違和感を感じるだけどさ。
そもそもいじめってなくすことができるものだろうか。
人間を複数一箇所に集めると、どうしてもそこに非合理で理不尽で陰険なコミュニケーションが潜在的に発生してしまう。いじめがあるかどうかは、ただ単にそれがある種の閾値を超えたかどうか、表面に現れたかどうかに過ぎない。いじめ1%〜いじめ100%の濃淡はあっても、いじめ0%はありえない。これはきっと、老若男女、その集団がどんな要員で構成されていても関係ないと思う。別に子供に限った話ではない。普通の職場や近所付き合いでも発生しうることだ。
議論のゴールを「いじめをなくすにはどうすればいいのか」に設定すると有効な解が出ないと思う。必要なのは、いじめ要因を完全に排除することは不可能であることを踏まえたうえで、生徒の一人一人が破綻せずにすむクラス運営のノウハウじゃないだろうか。
2006年10月21日
■「風の歌を聴け」
と、いうことで、まずは村上春樹のデビュー作。
いや、しかし、なつかしいな、デレク・ハートフィールド!。昔はよく読んでいた。何冊か持っているはずなんだが、どこやっちゃったかな。すっかりなつかしの作家になっちゃった。こんなところで出会えるとは。
一般にはロバート・E・ハワードとかと同じ冒険小説の書き手と思われているが、俺はむしろ、カート・ヴォネガット・ジュニアに近いと思う。いや、むしろキルゴア・トラウトかな。なんでだろう、翻訳が浅倉久志だったからかな。だいたいスノッブな田舎ものの文学かぶれが一度は通る道である。
そういえば短いシーンをカットバックの手法で積み重ねるやり方はいかにもトラウトっぽい。
本編はといえば、語ること、語らないこと、そしてうそをつくことに関する物語だった。
もう30年も前の作品で描写の所々に古臭いところ(鼠の親がどうやって財産を築いたかとか)があるが、作品がまとっている雰囲気は不思議と古さを感じさせない。…いや、ちがうな。古くないわけじゃない、かといって決して新しいというわけじゃない。今となってはある種のスタンダードとなっているような気がする。
特にあらすじらしきもののない、とても要約の難しい話で、まるで風のようにとらえどころがない。作品のテーマが作中で語られていない部分にあるタイプの小説。こういう、何かを求めているけれども何を求めているのかはっきり自覚できないもどかしさは、もしかすると誰もが持っているものかもしれない。その意味で、確かにこれはスタンダード足りえるのだろう。
さて、次はどうしよう。この作品だけでは村上春樹を俺の脳内カテゴリのどこかに納めるには少し足りない気もする。ひとまず「僕」と「鼠」の続きを探してみようか。
おまけの追加。村上春樹作品で聖地巡礼している人がいた。ははは。
村上春樹の「風の歌を聴け」を歩く
8月8日から26日までの間、村上春樹の「風の歌を聴け」を掲載します。1981年に大森一樹監督で映画化された「風の歌を聴け」が9月にDVD化されるのを記念して歩いてみました。続きを読む "「風の歌を聴け」"
2006年10月17日
■ぼかんといえばかくかくさん
ウィーン──国際原子力機関(IAEA)のエルバラダイ事務局長は16日、「非常に短期間」に核兵器を製造する能力を持つ国が近く30カ国増加し、既に核兵器を保有している国、もしくはその疑いが指摘されている9カ国に加わる恐れがあると指摘した。然もあろう。
結局どんな種類の技術もすべてコモディティ化を志向するものですよ。
コンピュータも安くなり、インターネットで情報収集の敷居はずいぶん低くなっている今、ブツを手に入れる手段とある程度の試行錯誤が許される環境が用意できるなら、何でも作れますさ。
実物の物理的な流通ならともかく、一度は誰かが実現してしまった物事の、テクノロジーのレベルでの未来永劫の独占というのはそろそろ神話の域に追いやられつつあるような気がする。
それを前提として、どうやってコントロールするのかが、たぶん、次の課題。
2006年10月16日
■「北」拾遺
自民党の山崎拓前副総裁は14日、鹿児島市で講演し、対北朝鮮政策に関連して「北朝鮮は体制保障できるのは米国だけだと思っている。日本にとって1番重要な朝鮮半島の非核化のために、米朝協議をやるしかない」と述べ、米国が直接対話に乗り出すべきだとの考えを示した。
いいや、6者協議でやるべきだと思う。
米朝でやった場合、米朝間のみの利害で方針が決まる可能性がある。そうなると、問題を先送ってお茶を濁してしまう気がする。せっかく日本の存在感をアピールするチャンスなのに投げ出してどうする。
テレビ朝日の報道番組などでの発言。中川氏は非核三原則は守るとの姿勢を示したうえで、「欧米の核保有と違って、どうみても頭の回路が理解できない国が(核を)持ったと発表したことに対し、どうしても撲滅しないといけないのだから、その選択肢として核という(議論はありうる)」と語った。
スタディとして議論するのは、まあできなくはないというか、勝手にどうぞとか思うけど、北朝鮮向けの対策という意味ではすでに手遅れで、むしろ中国やロシア(やアメリカ)などの北朝鮮以外の保有国に対するメッセージになってしまっているというのは、誰か突っ込んだんだろうか。そういう議論があんまりメディアで露出してないようけど。
そもそも、経済制裁程度で崩壊やら暴発やらすかもしれない相手に、相互確証破壊による抑止力が期待できるだろうか。現在の外交では相互確証破壊の考え方が通用しなくなったというのが、この北の核問題の教訓になるような気がする。断崖絶壁で瀬戸際外交をしている相手にドロップキックを食らわすようなことになりはしないか。キックを当てなかったとしても、びっくりして落ちてしまうかも。
いや、まぁ、何もかも全部ぶっ飛ばす手段を持ちたがる気持ちはわかるけど。それは、いろんな意味で、悪魔のささやきというもんだ。
上の二つのニュース。もちろんこれだけでなにかいえるわけじゃないけど、なんとなく与党の手詰まり感を反映しているように見える。
北朝鮮をある種のスケープゴートにして日中韓の雪解けムードを演出するのはいいけど、北朝鮮はこのあとどうなるの?という予測とか議論とかアナウンスとかがない。
たぶん日韓中米露(それに北朝鮮もふくめて)どこも北朝鮮の今後に関して、アクションを起こせるような予測を立てていない。いや、もしかすると水面下では話し合いが進んでて落としどころを探している最中なのかもしれないけど。
たしかに難しい問題ではある。そもそも、その国の行く末に権利と責任を持つのはその国の国民であり、北朝鮮(と周辺諸国)の不幸は、かの国の国民に責任はあっても権利がないことに始まる。かといって、その国の行く末に権利と責任を持つのはその国の国民であるから、外国が外からやいのやいの…いうだけならともかく強制力を持って無理やり首を挿げ替えるのもおかしな話だ。
■村上さんに聞いてみよう
スウェーデン・アカデミーは12日、06年のノーベル文学賞を、現代トルコ文学界を代表する作家オルハン・パムク氏(54)に授与すると発表した。トルコからの同賞の受賞は初めて。パムク氏は1952年、イスタンブール生まれ。イスタンブールを舞台に、捕虜のイタリア人青年と彼を買い取った若いトルコ人研究者の関係を描いた「白い城」(85年)が欧米で翻訳され、国際的に大きな注目を集めた。
日本の人気作家、村上春樹氏(57)も有力候補とみられていたが、受賞はならなかった。
惜しい!
すげータイムリーなことに、いま何冊か借りて読んでいる最中なのだ。
でも、近い将来、受賞しそうな気配はありますな。つーか、おれ、ノーベル文学賞作家の作品を今までひとつとして読んでなかった事実に愕然。
2006年10月11日
■おれってばやっぱ独創性がないのなー
あるよ。すでにもうあるよ。ええ、ええ、まったく独創性なんかありませんよ。
しくしく
2006年10月09日
■あらーやっちゃたねー
北朝鮮が核実験@神戸新聞
実際のところ、前回のミサイル大盤振る舞いからすでに露呈したいたことだけど、かの国の瀬戸際外交にはもう効力はないと思われる。
一部で言われているように、コレは内部統制向けのデモンストレーションであるとの見方に一票入れとこう。
でも、内部統制にもそろそろ無理が出てきてるんじゃないかな。
やっぱ、北朝鮮内部に、交代すべき政権がないのが最大の問題のような気がしてきた。
聯合ニュースによると、韓国政府当局者は北朝鮮咸鏡北道の花台郡地域で9日午前10時36分に地震波が検知されたと述べた。ロイター通信によると、韓国の青瓦台(大統領官邸)は北朝鮮でマグニチュード(M)3・58から3・7の地震を検知したことを明らかにした。マグニチュード4にいってないことから、爆縮が不十分じゃないのかという観測あり。極端な話、大量の通常火薬を使ったフェイクじゃないかという可能性も…いや、それはないか?でも、一応、書いておこう。
■トラックバックについて、その他
ちょっともう、SPAMが多すぎるので、いったんトラックバックの受付を中止します。
ええと。最近、極端に更新頻度が下がっているのは、まぁいろいろ事情があるのですが、理由のひとつはBlogシステムの更新を検討中だからです。
現在tDiaryをローカルにインストールして試験中。
■いったかいかないか
いったかいかないか言わない程度で改善するような問題なんてさ。
やっぱりアングルだったんだろうかね。

