2005年06月27日
■うろこモード
うろこ、うろこ、うろこモードでーす♪
みんなネコミミっていうけどさ、たしかに正面からみればそうだけどさ、
それがずらっと並ぶと、どうしても俺にはうろこにしか見えない。
怪奇、鱗新幹線
追記:わかる人にはわかるんだが、スラドの記事についているコメントがなんというか…。
ふるふるふるぶれーき。
いや、わかったからといって自慢にはならないんだよ。
2005年06月19日
■「電車男」
うそくせー!
とかいっちゃ駄目なんだよね、きっと。
ひさびさにお題頂戴いたしました。ネタは電車男。
結論から言うとこれは、山田孝之君をみてもだえる映画です。もだえます。それはもういろんな意味でもだえます。
これが意外とよくって、楽しめました。
粗筋はいちいち書かなくてもいいでしょう。全体に意外とオーソドックスな恋愛物になっていました。
うそ臭いと感じた理由は、中谷美紀の演技。
下手という意味ではないよ。むしろたいへんよかったと思う。中谷美紀演じるエルメスには、生活感とか個性とかが感じられない。映画の中では、よく考えるとそんなあほなと思えるような言動をしているのだが、現実感が不足している分だけ逆に聖母のような微笑が輝いていてあまり気にならない。それはたぶん狙った上でそういう演技をしていたのだと思う。普通ならドン引きだろうと思える電車男の唐突な行動にも動じることなく、幼子を見守る母親のような慈愛と忍耐でもって電車男のすべてを受け入れる。
ネットで生じたある種の都市伝説とも言える「電車男」というお話の主人公は、そもそもエルメスでも電車本人でもなく、実は電車男の報告に一喜一憂したオーディエンスだったわけだが、なかでもエルメスは電車男の書き込み経由でしかその言動を知りえなかった。よく考えてみれば、エルメスの言動が伝えられるときはすべて文字情報のみで、そのうえ電車男の主観で加工されているので、多少エルメスの行動に現実感がなくてもあまり気にならなかった(もしかするとそのあたりのことを薄々気がついていたのが「電波男」だったのかも)。その距離感を、文字情報じゃなくて実際の役者を配置した上でどのように表現するかと考えると、なるほど、生活感を削ぎ落としてある種の偶像のようにカッコつきの「エルメス」を作り上げた。ネットの向こう側の、さらに電車男の主観の向こう側にいるエルメスというキャラクタの距離感を、偶像化というかたちで表現したわけだ。とか何とかえらそうなことをひとつ書いておく。
中谷《エルメス》美紀に負けず劣らず、山田《電車男》孝之も、類型的なヲタク男子からオシャレ系ヲタへの脱皮を上手に演技していた。というか、この挙動不審の男の子のおどおどした様子を眺めてもだえるのが、おそらくこの映画の正しい鑑賞方法だと思う。長髪のときのヲタ外見のうっとうしさったら、もう、実にうまい。山田孝之のパッと見イノセントな童顔がバッチリ決まったはまり役だとおもう。こちらも実はリアリティという面から見るとかなり類型的でアリガチなオタク像なんだけど、中谷美紀のある種の凄みさえ感じさせる演技に呑まれちゃって浮世離れした感じがあまりめだたなかった。
というか、そもそも全篇がやたらファンタジックな演出バリバリで、なんだかネット文化を映像に翻訳するとはこういうことだ!みたいな意気込みを感じる。2ch発祥の特殊用語(中谷がキボンヌとかいうとすげーおかしい)やアスキーアートを上手に使っていて、ネット文化のあの雰囲気をうまく演出していたと思う。あんまり上手すぎて、なんかこう、アスキーアートがCG合成でぐりぐり動いて、(*´Д`)ハァハァだの( ゚Д゚)ウボォアーだのに声が入るとこんなにも恥ずかしいものだとは思っても見なかったな。口で言うな、声に出すな。
この浮世離れした映像はつまり、実話を元にしたという建前をすべてほったらかして、神話というか都市伝説というか、お伽噺としての「電車男」をスクリーン上で再現して見せたわけだ。たぶん。
まぁもともと、当初からネタ説が浮上するような話であって、そのリアリティはおそらくBBSという背景あってのものだったんだろうから、きっとこれでよかったのだ。
そういえば、ネットでみんなとつながっているという感覚は、そろそろおなじみのものになっているようだ。むかしからときどきそういうネットでみんなとつながっている感覚を扱うドラマとかあったけど、その演出の中にネットは選ばれた人のものって感覚がなかったな。映画館でも、ほとんど説明抜きで提示される2chネタの笑うべきところでちゃんと笑い声が上がっていた。こういう感覚はもうすでに普通のものになってしまったのだろうか。おいちゃんちょっとさみしい。
ひとつ誤算、というか予測してしかるべきだった事態に内心うろたえてしまったのは、満員だったことと周りがみんなカップルだったことだ。俺の背中でいちゃいちゃすんじゃねー。
あ、あと、電車男の時刻表もリンクしとこう。
まぁ無粋だけどこのあたりも。
■1日1ぬいぐるみ

one-a-day stuffed animals
なんでまたこう、そろいもそろってクトゥルーものの邪神か昭和ヒーローもの子供番組の怪人みたいなデザインばっかりなのか。
ステキ!
2005年06月17日
■Musical Baton ♪
Musical Baton@ぐぐる様
Musical Baton ミュージカル・バトン!(歴史+回答つき)@【絵文録ことのは】
Musical Batonの泥臭いまとめ。@hxxk.jp
うーわー、素敵。凄い素敵。楽しそう。
暇なときに上から順にのぞきにいってやろう。
こういうバトン企画いいなぁ。
もっとも俺の場合、この手のバトンもらっても困るけどね。あんまり音楽知らないし、次に渡す人も思いつかないしorz
あ、でも、本読み関係のバトンが来たらちょっとうれしいな。
2005年06月16日
■「さよなら妖精」
なんてことだ、こんな傑作を見逃していたとは。
コージーミステリーの名手である米沢穂信は、もともとSF読みの俺にとって箸休め的に読む作家だった。いや、えらい僭越な書き方であることは承知している。あわてて言い訳しとくと、俺の好みと作家/作品の価値とは直接の関係はない。すばらしいと思ったものはすばらしいと発言するが、俺が誉めなかったからといってその作家ないし作品の評価が低いとは限らない。むしろ、好みを優先した読書はたくさんのすばらしい作家・作品を取りこぼしていると思って欲しい。それはともかく、俺にとって米沢穂信の最大の魅力はその語り口だと思っていた。すくない手がかりと一件ばらばらに見える事象から何年も前に卒業してしまった人物の心情を浮き彫りにする「氷菓」、未完成の学園祭参加映画の結末を予測することでクラス内の隠された人間関係を引き出す「愚者のエンドロール」、めざすは小市民なのになぜかこまごまとした事件に巻き込まれるほのぼのミステリーの「春期限定いちごタルト事件」。いずれにせよ、その独特の文体といい具合に力の抜けたキャラクタたちが織り成す物語は、良質のミステリであると同時にとても居心地のいい青春小説だ。ただ、俺の好みとしては、もっと何かにザックリと切り込んでくれるような話が欲しかったので、好きな作家の一人だけどたとえば当サイトでは、なんとなくネタにするタイミングがなかっただけだ。
しかし、この作品ひとつで、おれの脳内カテゴリでの米沢穂信の配置ががらりと変わった。変えられてしまった。
やりやがったな、米沢穂信。
ある雨の日、傘を持たずに雨宿りしていた外国人の少女。見過ごせなくて、つい声をかけたのがマーヤとの出会いだった。マーヤは見聞を広めるために遠い国から日本にやってきという。日本には2ヶ月の予定で滞在するつもりだったのだが、宿を借りる予定だった人物はすでに亡くなっていて途方に暮れていたのだ。
マーヤは遠い国からやってきた、いっけん楽天的な(後半でばれるけど実は大酒のみの)女の子だ。
一人異国を訪れた彼女は、なんにでも興味を示し、「んー」と考え言葉を捜し、饅頭にすら哲学的意味を求める。
「哲学的意味がありますか?」
行きがかり上、世話を焼くことになった主人公たち高校生、男女4人組がなにかにつけてあれこれと聞いてくる彼女とともに過ごす、ささやかな謎に満ちた2ヶ月。そしてそれは、主人公達の心にザックリと刻み込まれた2ヶ月となるのだった。
2005年06月14日
■リアルメルヘン
線路にトースター−琴電榎井駅構内@四国新聞社
それはもしかするとサンビームのトースターではないでしょうか。
きっとね、きっとね
いさましいちびのトースターがご主人様をさがしにいったんだよ。
…て、 轢かれたんかい!
早川書房 (1996.11)
通常2〜3日以内に発送します。
2005年06月13日
■靖国
靖国の歴史、A級戦犯、首相参拝、中国からの批判…… 「靖国問題」基本的なQ&A@よくわかる政治
靖国問題とは直接関係のないことでいくつか思ったこと。
物事の正否を裁判所で決めることは無理かも。
さて、靖国参拝そのものをめぐる訴訟はいくつかありますが、いずれも「原告に権利侵害の事実なし」という理由で棄却されています。裁判所は畢竟、原告が被告を訴える場所でしかなく、ある事象ある行為が正しいか否かを決める場所ではないてことか。
↓↓これを読んで「ああ!」と思った。↓↓
なぜ、国立の無宗教慰霊施設は作られないのですか?そういやそんな気もする。
いろいろ考えられます。たとえば、過去に自民党から靖国神社国立化法案が何度も提出されたように、慰霊施設としての「靖国神社」にこだわっている人々が多くいて、彼らがそのような施設の建設に反対もしくは無関心であるということがあるでしょう。
また、日本人には「神社は宗教ではない」という思想というか、発想があり、「無宗教の慰霊施設建設の必要性」をあまり重大に考えない人たちも少なくない、ということもあるでしょう。
「神社は宗教ではない」という発想があるのはたぶん、一般的な神道のイメージには人がどう生きるべきかが提示されてないからじゃないかと思う。仏教の各宗派もキリスト教もイスラム教も、コーランに書かれていたり悪いことをすると地獄に落ちたりマリア様がみていたりして、何らかのかたちで人生の指針を提供している。日本人のシューキョー観にはそういう部分があると思う。しかし神社に祭られる神々は、自然の象徴だったり権威付けの根拠だったりはするけど、人としてこう生きるべきとは言ってくれない。
靖国ワイルドカード論
なぜ、中国は1985年になるまで、首相の靖国参拝に反対しなかったのですか?こういう見方ってやっぱあるんだね。
いろいろな理由が考えられます。
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中略
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そんななかの公式参拝に、日本との経済関係を進めていきたい中国は動揺し、いくつかの抗議声明を出して終結させようとします。しかし9月、北京大学の学生を中心とする反日運動が巻き起こり、中国当局は事態の収拾に追われることになります。その結果、こうした民衆の自発的な運動を抑えるため、「靖国参拝には反対」を掲げざるを得なくなったのではないか、ということです。
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中略
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1982年の「教科書問題」は、中国に「歴史問題カード」が日本に相当効果があることを認識させました。このカードを、中国は「靖国」でも使える、と判断したというものです。はたして「靖国問題」を「カード」として中国が1985年当時、切る意思があったかどうかについては、若干疑問も残ります。しかし、1990年代後半以降、中国が経済的にだけでなく軍事的にも力をつけてきた段階で、この「靖国カード」がしばしば使われるようになったことはいうまでもありません。
中曽根首相は、なぜ「公式参拝」に踏み切ったのですか?
これもいくつか考えられます。「靖国派」の動きもあったでしょうし、当時、自民党の大きな支持基盤だった日本遺族会の意向もあったのでしょう(1年後には、参院選を控えていました)。また、中曽根氏は古くから日中、日韓関係を深めることに努力してきた人です。韓国に訪問した際、韓国語でスピーチして韓国政府の人々を感激させましたし、日中関係も、このことは非常によい関係でした。
日本政府も、当時の日中関係を「今までの歴史の中でかつてないほど友好的な関係」と、その友好ぶりを評価していました。
そのことからすると、中曽根首相は、この状況なら靖国公式参拝もさほど問題にならないだろう、と、少し軽く考えてしまったのではないでしょうか。その中曽根氏にとって、靖国問題に火をつけてしまったのは、大きな誤算だったといえるでしょう。
…逆に、中韓には靖国カードをガンガン切ってもらうというのはどうだろう。
票田の確保とか、いま参拝を止めちゃうとタイミング的に内政干渉に屈した形になるのがいやだとか、いろいろあるんだけど、逆にいえば票田が納得しタイミングが合えば、スパッとやめちゃうと中韓は次に切るカードがなくなっちゃうんじゃないかな。
俺は、いまさら「神国日本」だの「万世一系」だのというナイーブで単純なキャッチフレーズが日本を国としてまとめることに貢献するとは思えないし、公式参拝とか本質的には必要ないんじゃないの、と思う。そもそも、個人や先祖の追悼なり埋葬なんて、むちゃくちゃプライベートな事柄じゃないか。
2005年06月11日
■一人チャットの実験
S 「第1024回、脳内品評会開催〜」
N 「どんどんどんぱふぱふぱふ カッコ棒読み」
J 「今日のお題は何ですかー」
2005年06月05日
■イルカに乗ったおっさん
個人用の潜水艇を作っているところらしい。
こ、この、無駄に極められたかっこよさったらなんだ!?

うわー青の6号とかサブマリン707の世界じゃん





