2004年10月25日

[  活字の海で溺れてしまえ  ]

「はじまりのうたをさがす旅」

はじまりのうたをさがす旅
川端 裕人
文芸春秋 (2004.9)
通常2〜3日以内に発送します。

主人公は東京で一人暮らしをする平凡なサラリーマンの隼人。音楽への夢を持ちながら昼は会社、夜はストリートという生活をしている。音楽への志向は持ちながら、具体的にどう行動するか決めあぐねている。
そんなある日、オーストラリアからリサと名乗る女性が主人公を訪れる。
妙に流暢な男言葉の日本語で彼女が言うには、隼人には顔も知らない祖父の遺産を受け継ぐためのゲームに参加する資格があるのだそうだ。どうみてもアボリジニの血を引いているリサも彼の孫で、やはりゲームの参加者だという。
そのゲームこそが、広大なオーストラリア大陸を舞台とした「はじまりの歌をさがす旅」だった。

日本から見ればアメリカより近くにあるくせに、意識的にはずっとずっと遠い国オーストラリア。けっこうおれは、そこに住んでいる人たちの事を知らないんだなと、この本を読んで思った。
古くからオーストラリア大陸に住んでいた人たちをアボリジニというが、彼らも後からきたヨーロッパ文明との接触において永くて不幸な歴史を持っている。参考にリンク
俺はこの本を読んではじめて知ったわけだが、ここで扱われている「ソングライン」という概念がどの程度の精度を持っているのかは正直よくわからない。理屈から言うとたくさんの部族の歌を知っていればそれだけ自在に旅行が出来ることになるが、ちょっとそれは俺には信じ難い気がするのはやっぱり俺が方向音痴だからだろうな。でも、これはかの大陸がいかにも砂漠で成り立っているということをよくあらわしていると思う。ソングラインはつまりうたで造る地図であり、それは見通しの効かない森林や氾濫によって大規模に地形の変わる大河がある土地では発達しえなかった文化なのだろう。
そしてソングラインが造るのは単に情報としての地図だけではない。そのうたは部族の神話と一体となって、地理的な概念での「我々はどこからきたのか」と観念的な意味でのそれを統合するものなのだ。
本書は、新しいソングラインを造る物語だ。
この物語におけるアボリジニのソングラインは、民俗学者によって採集され捕獲された蝶のようにピン止めされた出来上がった神話ではない。今まで起こったことと今でも起こりつつあることをうたに載せ、次代につなぐための新しいソングラインをつむぐ、それが冒頭でリサが主人公に告げた「ゲーム」なのだ。

これを読んでなんとなく川端裕人のスタイルみたいなものがわかったような気がする。この人はきっと風景をつむぐ作家なんだ。

作中でも言及のあったブルース・チャトウィンの「ソングライン」は現在絶版の模様。惜しい。

投稿者 snjx : 2004年10月25日 18:32
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