いや、神話の授業は歴史の時間以外でやろうよ。
新しい教科書を作る会
けっきょく自虐史観にしても歴史修正主義にしても同じ穴の狢である。見たいものしか見ないというトンネルに狢と狸が潜んでいる。ただし、お互い入り口と出口を逆方向に取り違えていてそれぞれ自分が正しい出口だと思うほうに頭を向けているだけ。穴そのものには本質的に入り口も出口もなくただあいているだけ。
歴史とは、なにかを否定したり肯定したりするもんじゃなくて、情緒を出来るだけ排除したうえで事実を淡々と記述するべきだと思う。そういう意味で新しい教科書を作る会の提案するビジョンも自虐史観のベクトルがひっくり返っただけのようにしか見えない。そもそも動機が不純だ。
歴史修正主義(wikipedia) 参考にリンク。「自虐史観」でも同じページに飛んじゃうのがおもしろい。以下に引用するレトリックは両方の陣営が使っている。
投稿者 snjx : 2004年08月27日 16:11
- 過大評価のレトリック
好ましい過去を必要以上に宣伝すること。一部を全体に拡大するのが特徴的という。例1:植民地統治を評価する「一部」の現地住民の発言を、「全」住民の統治への評価としてデフォルメする。
例2:併合に賛同した「一部」の被占領者の意見を、「全」被占領者の併合への賛同として誇張する。
例3:書籍の執筆過程における資料・写真の誤用を取り上げ、書籍全体の信憑性否定につなげる。- 過小評価のレトリック
好ましくない過去を必要以上に矮小化、または無視すること。例1:「ホロコーストは存在しなかったか、あったとしても一部のものだ」と通説より加害を過少申告する。このような例は、カチンの森事件南京虐殺の扱いについても見られる。
ダブルスタンダード証明のレトリック
好ましい証拠は批判せず、好ましくない証拠は徹底的に批判すること。- 正当化のレトリック
悪事は敵方の陰謀に乗せられたものか、止むに止まれず行なった正当防衛・緊急避難とすること。例えば、第二次世界大戦の敗戦国が自らの戦争責任の回避するために、こうしたレトリックを駆使するとされている- 騒ぎ立てのレトリック
取るに足らない細かな矛盾点をしつこく言及し続け、好ましくない過去を否定すること。- 科学的証明と裁判的証明のダブルスタンダード
一つの主張の中に科学的証明法と裁判的証明法を混在させ、より有利になるようにその都度証明法を選択すること。通常科学的証明においては、データを厳密に検証し、検証結果を客観的に