2004年10月07日

[  活字の海で溺れてしまえ  ]

「ニコチアナ」

ニコチアナ
ニコチアナ
posted with 簡単リンクくん at 2005. 5.31
川端 裕人
文芸春秋 (2001.6)
通常2〜3日以内に発送します。
 
タバコをめぐる、経済と文化、自由と呪縛、征服者と先住民、そして科学と魔法の冒険物語。
 
ルスティカ、タバカム、そしてアマゾニア。タバコは喫煙する人だけでなく、喫煙しているその空間までも支配する。
 
 
 
 
電信もエンジンもない時代に、スペイン人がタバコと遭遇してたった50年で、世界を席巻してしまった喫煙という習慣。
やめようにもやめられない、やめさせたいけどやめてくれない、やめろといわれてもやめる筋合いはない、あらゆる形のジレンマを引きずりながら人類は煙草を飲む人も飲まない人も、みんなタバコの煙に依存している。
主人公は、画期的な無煙煙草の特許を引っさげ颯爽とアメリカ煙草業界に乗り込む若きビジネスパーソン。件の無煙煙草を商品化するために彼女は、サブマリン特許の持ち主をアメリカでのビジネスパートナーと一緒に探す旅に出るのだが、その道筋は奇しくもアメリカのシガレットの歴史をたどる旅でもあり、さらに遡って煙草の本来の姿を探す旅でもあった。やがて物語は、思いもかけない方向に転がっていく。
 
タバコが他の嗜好品と違うのは、周囲の人々といやおうなく環境を共有せざるを得ないところ。その特性は、元を正せば、結界を作り現世にいながらにして神との交歓を行う呪術的な機能を担っていた。
物語の冒頭は、画期的な無煙煙草の登場による喫煙の自由の拡大と、それにともない駆逐されるであろう(アメリカ文化の象徴でもある)シガレットに対するノスタルジーに言及される。その関係性は、さらに遡ってシガレットとシガー、シガーとパイプなどの文化にまで同様の構造を見出せる。そうして煙草本来の姿にまで遡った時点から、逆に現代に向かう長い道のりを振り返るとそこには、簡便さと引き換えに神との交歓を行う機能を失い、すこしずつ節制をも失いながらやがてニコチンに依存していく人類の姿が描かれている。それが無煙煙草にまでいたれば、煙草はもはや喫煙という文化的な行為からかけ離れてしまい、たんなるニコチン摂取の手段と堕してしまう。これは文化を蹂躙された煙草神の、人類全体へ放たれた呪いなのだ。
煙草の姿の変遷は、南北アメリカ大陸を舞台にした、他文化を飲み込もうとすると欧米文化とそれに抗う南北のネイディブアメリカン文化の相克の歴史でもある。
 
タバコというひとつの切り口から、過去500年間の人類史を俯瞰して見せるその手腕は見事。
 
おお、シガレットからシガーへ回帰しようという某氏の発想は、さながら煙草の神との本来の交歓の仕方へ一歩近づくものであったとは!(←おおげさ)
 
 
投稿者 snjx : 2004年10月07日 19:31
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