これがわざわざニュースとして報道される意味がよくわからない。
演出であることを認識してどうだというのか。
人質3人は政府関係者の事情聴取に、銃やナイフで脅されるシーンについては武装グループに事前に説明されたうえでおびえたような動作をするように強要されたことを大筋で認め、「食事は十分与えられ、待遇はよかった」などと説明したという。人質のほうから誘拐犯に対してある程度の協力があったことは、ことさら「分析」なぞせずとも思いつくことだ。というか、俺もここでまさにそのことを書いた。銃やナイフを持っている大人数の男たちに囲まれ「ちょっと演出するから協力してよ」といわれて、「絶対にいやだ」と拒絶できる人間が日本の人口の何パーセントいるだろうか。どんなに甘くやさしくささやかれても、「もぅ、ぼくちゃんにまかせてちょうだい」とかいっちゃうのが人情だろう。それに、人質を人質として有効に機能させようとした場合、心身の健康に気を使うのはごく当然のことだと思う。まぁ理屈からいえば、指を一本ずつ切り取って小包にして送りつけながら脅迫を継続するという方法もあるにはあるが、その手の陰惨な方法がとられなかったことは不幸中の幸いだった。しかしそれは、5人が無事に帰ってきたいま、ことさらニュースバリューのある話ではあるまい。むしろ、誘拐犯がひどい手口をとらなかったことは小泉政権にとっても幸運だったのではないだろうか。イラクの武装勢力が人質に対してどんな態度で臨むかは、日本政府のコントロールはきかないだろうから。
不思議なことに、同じような内容の記事でもこちらはよく読むとちょっと違う。
おおざぱにいえば産経も共同も、武装グループがアルジャジーラに送りつけたビデオメッセージの中の脅迫部分はグループ側の意図的な演出が入っていたという内容の記事だ。
しかし共同の記事のほうは、まずニュースソースがきちんとかかれている。「政府筋」などという妖怪じみたものではない。
警察庁が現地に派遣した国際テロ緊急展開チーム(TRT)の聴取に三人が証言した。それに、武装グループが3人の人質に対して比較的穏やかな対応をとった理由や、犯人たちの様子から推測される武装グループの背景なども記述されている。
一方、武装グループは拘束後早い時期に三人のイラクとのかかわりや活動の内容を理解した様子で、三人に生命の安全を保証、食事もよくなったという。
武装グループは統制がとれていない感じだったという。警察当局はイスラム過激派というよりも地元のスンニ派武装勢力の可能性が高いとみて背後関係を調べている。こういうのは確かにニュースバリューがあるだろう。
この書き方の違いはどこいらへんからきているのだろうか。