2004年03月14日

[  活字の海で溺れてしまえ  ]

「夏化粧」

夏化粧
夏化粧
posted with 簡単リンクくん at 2005. 5.31
池上 永一
文芸春秋 (2002.10)
通常2〜3日以内に発送します。

俺にとって琉球といったら、池上永一。沖縄にすら行ったことがないもんだからそれしかイメージがない。それしかないが、それで貧困だとも思わないくらい、強烈な南国の日差しを感じさせる作家である。

お話は、産婆のオバァのマジナイによって母親にしか見えない透明人間にされた息子のために、七つの願いを他人から掠め取るシングルマザーの冒険。

類まれなる呪力をもった産婆のオバァは、これがまたふざけたオバァで、その生涯で二千人以上も取り上げたすべての赤ん坊に例外なくマジナイをかけていた。動機はない。ひたすら面白がって、「この子は犬並に鼻がよくなる」だの「絶対に管理職にはなれない」だの「3回結婚する」だのといったでたらめなマジナイをひたすら気まぐれでかけていった。そしてマジナイをかけられた子供たちはというと、これまた例外なく鼻が良く効き管理職試験に落ち何度も離婚する羽目になる。はた迷惑な本人はというと、葬式で「だれそれが××なのはわたしのせいですごめんなさい」と延々と続くながぁい遺言状をしたためて、すっきりして成仏してしまう能天気さだ。
主人公の津奈美は22歳になる。都会で、いわゆる不倫の恋をし、妊娠して帰ってきた。彼女の一人息子の祐司は、オバァがなくなる直前に取り上げた最後の子供だ。彼にかけられた呪いは母親以外にその姿が見えなくなるというもの。この呪いをとくには、作られたばかりの井戸から陰(イン)の世界へ夜中に飛び込んで、今生きている人々から七つの願いを盗んでこなければいけない。それも夏至の日までに。昼は豆腐屋でバイトをしながら他人に見えない息子を育てて、津奈美は今夜も井戸に飛び込むのだ。

物語は表面上、こまごまとしたくすぐりやテンポよい会話など、池上節ともいえる勢いのある楽しさであふれている。パワフルな女性を書かせるとこの人の右に出るものはいない。上記の産婆オバァしかり、主人公の津奈美しかり。つらいことがあってもちょっとは泣くかもしれないが、泣き寝入りなんかはしないのだ。
ああ、しかし、沖縄の日差しが強ければ強いほど、そこにできる影は深くて濃い。津奈美に願いを奪われた人は、その後の人生に影響を受ける。「コンサートホールをいっぱいにする」という願いを奪われた高校生は、メジャーデビュー寸前のバンド活動を一方的にやめてしまうし、「オリンピックで金メダル」という願いを奪われた女性は、最後に陰(イン)の存在となった津奈美と全速力のおっかけっこをして完全燃焼してしまい、あっさり走ることをおしまいにしてしまう。
願いを奪うということは、その人の可能性を奪うことである。主人公津奈美は、その残酷さを十分に理解している。理解した上で、覚悟を決めて自分の息子を助けるために奔走する。
ネット上の感想をつまみ食いしていくと、豆腐屋親子やアマチュア考古学者の孫などのその後をまったく描かなくなったりしている部分が批判を受けている。たしかにまぁ、小説としてはその部分を指して破綻しているといえるだろう。でも池上永一はそれでいいのだ。もちろん整合性はあったほうがいいし、ストーリーも美しく着地するにこしたことはない。しかし、しかし、池上永一にかぎってはそんなことは関係ないのだ。破綻していてもいいんだよ。

喚起されるイメージの派手さに惑わされて、この小説(というか池上永一の書くものすべて)をSFX映画や漫画になぞらえる人もいるだろうけど、それはちょっと違うと思う。池上永一は、いまどき珍しい最新版の民話の書き手なのだ。

ああこの人、俺と同い歳だ。

投稿者 snjx : 2004年03月14日 16:08
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